特定非営利活動法人 浅間ミーティングクラブ 初代理事長
中沖 満
(なかおきみつる 1932〜2007)
昭和7年3月 東京に生まれる 享年76歳

 千代田区麹町にあった高級車専門の整備工場「わたびき自動車」の塗装師としてその名声をうたわれていましたが、持ち前の文才を発揮し仕事のかたわら執筆活動に入り「力道山のロールスロイス」「僕のキラキラ星」等多数の単行本を上梓しました。
 また、長年にわたり数多くの月刊誌に執筆し、なかでも「ライダースクラブ」に連載された旧車とライダーとの交流を描いた「鉄と心とふれあいと」は有名です。

 高度成長の中で旧いバイク達が使い捨てられてゆく状況を憂え、二輪車博物館の建設を夢見る同志を募り1975年に「浅間ミーティングクラブ」を設立しました。
 そしてその活動は、全国の旧車を愛するライダーたちが集うミーティングとコンクールデレガンスとして長野県軽井沢の星野温泉で開催することに始まりました。

その後、戦後間もない1955年に日本のオートバイ産業振興のために開催された「浅間高原レース」開催の地である群馬県北軽井沢にクラブの活動の拠点を移し、英国のナショナルトラスト運動にならい記念館の建設資金を積み立てたのです。

 そして、その浄財を群馬県長野原町に寄付し町営火山博物館のある「浅間園」に全国のクラブ員の夢であった二輪車博物館「浅間記念館」を建設し、1989年にオープンしたのです。

 その後も「浅間記念館」維持と長野原町の観光振興のために、毎年全国のクラブ員の好意による展示車両の貸与を続け、クラブはその長い間の功績を認められ2007年に「特定非営利活動法人(NPO)」として東京都知事に認証され氏は初代理事長に就任しました。

 32年にわたり「偉大なるマンネリ」をテーマに浅間ミーティングクラブを支えた氏の人柄は、人とバイクのふれあいをとおして多くの人に慕われました。


愛車 1983モトグッツィ ルマンIII改と
2005年10月2日 第60回記念大会 メモリアルランにて

メモリアルランパンフレットの中沖さんのコメント...最初のルマンIIIを手離したあと、もういちど乗せようと、ぼくが知らないうちにグルッポ・モトイタリアーノのひとがけしかけて、グッツイスポルトの神宮司さんが、ぼくのために作ってくれました。コンセプトは軽くコンパクトで速くて、72歳まで乗れるようにというものだそうです。車重は満タンで180Kg、どこからどこまでジンさんのレースを含めた経験が注ぎこまれていて、ぼくの体格に合わせて作ってくれたこともあって、軽くて速くて、最高です。9年で2万キロというのは、ほかに乗るものが複数あったからで、専らハイスピードのロングツーリングに使っていました。もう72歳を過ぎたのでアサマには、これがラストラン。あとはグッツイの仲間と乗れるだけ乗って楽しみます。闘病が長くて乗れなかったぶんを取り戻したいですね。こいつはジンさんとの友情のかたまり、そしてたくさんの元気をもらいました。これ以上のバイクはありません。


中沖さん手書きの第1号会報