この記念館は、1955年から1959年にかけて、この地で行われた浅間火山レースが、世界一の二輪車王国の基礎を築くと共に、モーターサイクルスポーツの発祥の地として多くの優れた人材を輩出したことを語り継ぎ、末永く記念するために、二輪を介して浅間記念館建設と保存をテーマに活動を展開しているアマチュアのクラブである浅間ミーティングクラブと、地元長野原町が協力して1989年5月に開館したものです。( 長野原町長と中沖理事長の記念館竣工挨拶 )
今、世界一といわれるわが国のモーターサイクルの基礎は、過酷な条件のもとで行われた「浅間レース」で培われ育ったのです。当時(1950年頃)、200に近かったメーカーも、現在は4社が残るだけという事実からも分かるように、「浅間」には、数々の苦痛や悲しみ、汗と涙があります。それを乗り越えて“浅間の人達”は世界に挑み、そして勝利を重ね「世界GP戦を制する者は、同時に世界の市場を制する」の言葉どうりに、世界一の座に驚くべき早さで到達したのです。このように「浅間」は、素晴しいマシンとライダーを育てた原点であり、故郷なのです。
浅間ミーティングクラブでは、この記念館を毎年訪れても楽しめるよう、定期的に展示車輌の入替えを行っています。展示車輌の提供と入替作業は、会員各位の協力で行っています。また、記念館の管理については長野原町の協力を得ています。さらに多くの皆様から支持される記念館になるよう努力してまいります。
2020年10月4日(日) さよなら浅間記念館
長野原町の町営観光施設「浅間園」の中核施設「浅間火山博物館」の閉館に伴い、「浅間記念館」も閉館することになりました。
バイクの歴史を語り継ぐ「浅間記念館」を建てることを夢に多くの仲間が集いました。そして、少しずつ資金を蓄え長野原町と協力し15年以上をかけて開館するに至りました。完成施設や運営を長野原町に譲り、クラブは運営協力というスタンスで共に歩んできました。浅間園の運営が厳しくなるに伴い、クラブ員の浄財で建てた「浅間記念館」も町に移譲しており残念ですが閉館という流れになりました。(関連の新聞記事)
バイク展示などは、長野原町の協力により長野原町内に場所を変えて継続していきます。箱としての、とはいえ過去現在のクラブ員の思いの詰まった「浅間記念館」は、終わりを向かえますが、新しい記念館がスタートします。行動としての「浅間記念館」は継続していかなければと思います。古いものを大切にし、ホームページ係の私がバイク文化の兄貴と思っている英国のバイク人たちのように。(農場をバイク博物館にしたサミー・ミラー博物館が私の夢の形)
2021年4月23日(金) 新記念館開所式
篠塚健次郎氏講演資料
〜 回想 モータースポーツの聖地 浅間高原 〜
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